第174回 中央ユーラシア調査会 報告/ 「ロシアの北東アジア政策と『東方経済フォーラム』極東開発、中露、日露を中心に」 東京新聞 外報部 次長(前モスクワ支局長) 常盤 伸(ときわ しん)【2018/10/23】

日時:2018年10月23日

第174回 中央ユーラシア調査会
報告 「ロシアの北東アジア政策と『東方経済フォーラム』
極東開発、中露、日露を中心に」


東京新聞 外報部 次長(前モスクワ支局長)
常盤 伸 (ときわ しん)

1. 極東開発の現状と東方経済フォーラム
 ロシアのウラジオストクで9月に開かれた「第4回東方経済フォーラム」には、過去最高の60ヵ国から計約6000人程度が参加し、中国の習近平国家主席が満を持して初参加し、日本の安倍晋三首相、モンゴルのバトトルガ大統領らも出席した。中国代表団は日本の2倍程度の1100人で、その存在感は大きかった。フォーラムで調印された契約や覚書などの文書は約220件で、事業予定総額は3兆1080億ルーブルになったという。合意した主な事業で代表的なものは、ロシア東端にあるチュクチ自治管区のバイムスカヤ鉄鉱区開発(総事業費3600億ルーブル)や、カムチャッカ液化天然ガス(LNG)中継・保管基地建設に関する基本合意(695億ルーブル)などだ。
 このフォーラムは開発が立ち遅れ、人口減少が続く極東の発展のためにプーチン大統領の肝いりで2015年から開かれてきた。今回、新機軸として注目されるのは、ウラジオストクのルースキー島を極東開発の拠点とし、様々な事業を進める計画だ。ガスプロムやロスネフチ、ロスコスモス、ロスアトムなどロシアの基幹的な企業に対して、同島に技術研究機関を設立するようプーチン大統領が指示したほか、スタートアップ支援に向けて、医療、バイオ技術、ロボット工学など多様な分野の最先端の部分で特別な地位を付与することになった。並行して、デジタル経済化や情報技術(IT)、ナノテクノロジーなどの先端技術産業導入拠点にし、デジタルセンターを設置する計画だ。さらに、ルースキー島にはオフショアゾーンを設立するとしている。
 このような新たな計画が示された反面、ロシアの極東開発の基本的な手法は、やはりソ連時代以来のインフラ整備計画に力点が置かれている。現在は「極東ザバイカル地域経済社会発展計画」などを進めているが、プーチン大統領は今回、新たに2035年を念頭に置いた2025年までの「極東国家計画」を策定するとして、早速、大統領令で進めることになった。さらに、鉄道インフラなど輸送インフラの近代化を進めることが、今年3月の大統領教書演説でも強調されている。一方、投資誘致の目玉として「先行経済発展特区(TOR)」や「ウラジオストク自由港」があり、8月下旬の段階で849の企業が入っているという。
 このように様々な事業が進められ、それなりに実績も上がってきているが、根本的な課題の解決にはいまだに結びついていない。プーチン大統領が極東開発に本腰を入れようとした際の重大な問題意識は、広大な極東シベリア地域人口が、ロシアの欧州部に比べ極端に少なく、隣接した中国東北部からの人口圧力に曝されているという地政学的な情勢だ。プーチン大統領は5月の大統領令や3月の大統領教書演説では「ロシア連邦の人口の持続的な自然増確保」が大きな目標とされている。2012年に大統領に復帰以降、プーチン大統領は目玉政策として莫大な国家予算を投入してきたが基本的な減少傾向は変わっていない。フォーラム前日に行われた、ルースキー島での国家評議会でプーチン大統領は「人口は減って平均寿命も短い。深刻な問題だ。こうした問題を解決できないなら、しかるべき措置を取ることになる」といらだちを露わにし、政府や地方幹部を叱りつけている。また東方経済フォーラムと前後して行われた統一地方選では、圧倒的な強さを誇っていた与党・統一ロシアの2人の知事が敗北した。その背景には、年金受給年齢の引き上げに対する住民の不満がある。年金改革に対する反発は全国的に強いが、極東の住民は特に平均寿命が短いことから、とりわけ大きな打撃として受け止められている。

2. 波紋を呼ぶ「プーチン提案」と危機に瀕した日露領土交渉
 次に、日本中を驚かせたプーチン大統領の「平和条約発言」だ。プーチン大統領は東方経済フォーラムの全体会合で突然、「前提条件抜きに、年末までに平和条約を締結しよう」と呼びかけた。この時の流れを振り返ろう。まずプーチン大統領が基調演説を行い、続けて習近平国家主席、バトトルガ大統領の演説があり、それから安倍首相の演説が行われた。安倍首相は2016年に初めて東方経済フォーラムに参加した時から、日露協力の将来展望について、熱のこもった演説をしてきた。今回も「日本とロシアには他の2ヵ国には滅多にない可能性があるのに、十分な開花を阻む障害が残っている」とし、その際、「領土問題を解決して」という重要な前提の言葉は用いなかった。「平和条約締結に向かう私たちの歩みに、どうか御支援を頂きたい。力強い拍手を求めたい」と聴衆に拍手を促したのだ。
 その後、ロシア・テレビの有名なキャスターが、「クリル(北方領土)での共同経済活動をどう想定しているか」と質問し、安倍首相は「我々は平和条約を締結する意義を理解できるようにアプローチを変える必要があると決意した」と述べた。これに対し、プーチン大統領から「晋三は正しい。平和条約の締結を我々は望んでいる。今思いついた。いかなる前提条件もなしに平和条約を結ぼう」という発言が飛び出したのだ。プーチン発言は計算づくのものだが、直接には安倍首相の前のめりな言葉が、逆手にとられたといえるだろう。
 プーチン発言の持つ意味は深刻だ。日露両政府がソ連邦崩壊以降、積み重ねてきた北方領土交渉をいわば「振り出し」に戻そうという狙いがあるからだ。これについて、ロシアの元改革派で「東京宣言」の作成を主導したギオルゲ・クナーゼ元外務次官は、ウクライナ紙セボードニャ(電子版)に対し、「これほど侮辱的な提案は、ブレジネフ期ですら日本に行わなかった」と述べている。言うまでもなく平和条約の本旨は、日露間で未画定となっている国境線を画定することにある。前提抜きで、つまり領土交渉抜きで平和条約をなどいう発言は、ソ連邦が領土問題を否定していた時期にすら、なされず、日露(日ソ)関係事情に通じた関係者にとって衝撃的だった。
 その後、プーチン大統領は、欧米や日本などのロシア専門家を招いて開く「バルダイ会議」ではウラジオでの発言をいわばフォローアップした。プーチン大統領は、前提条件なしに平和条約締結をと提案したのは、「十分な信頼が醸成されたからか」との質問を受け、プーチン大統領は「確かに信頼感を高めなければならない」とした上で、ただし、信頼に関しては「日本側に問題がある」とした。そしてロシアは、旧島民のために訪問手続きを簡素化したり、様々な努力をしているが、日本はロシアに対しウクライナ関連で制裁を導入した。これが信頼醸成に向けた措置だろうか」と批判したのだ。さらに、「中国とは40年来議論した上で、善隣友好条約の締結まで行き、かつてなかった相互理解に達した」、「領土問題は未解決だったが、議論をして妥協的な解決策が見つかった」と述べている。
 さて、この発言で明確になったことがある。プーチン大統領は、中露の領土解決プロセスとして、領土問題抜きの善隣友好条約、つまりは本来の平和条約に至る前段の「中間条約」の締結の重要性のみを強調し、肝心の領土問題解決の方法では、中露が行った「領土折半方式」(ウィン・ウィン方式)は、一切無視しているということだ。中露国境交渉はあくまで技術的な国境線画定問題とみなすが、第二次大戦結果に関係する領土問題では非妥協的な姿勢で臨むということだ。いわばロシアに都合の良い部分だけを日本に関係付ける、ロシア流交渉術の典型的な手法だ。
 いずれにせよプーチン発言は日本側にプレッシャーをかけ、大きな方向転換に向け決断を求めたものだ。つまり、領土問題についてはこれ以上やっても結果は出ないので、最初に領土を抜いた形で協力関係を先行させるかたちで合意を求めたわけだ。
 「年内中に締結を」というのは、新しい点だが、これについては、プーチン大統領が最も重視するロシアの内政との関連が考えられるかもしれない。クリミア併合で盤石の支持を取り戻したプーチン大統領だが、年金改革問題で、支持率が低下している。このあたりで、政権浮揚のためのいわば「カンフル剤」として、領土を棚上げにしたまま日本との平和条約締結という大きな外交的な勝利を得たいものだと考えても、変幻自在なプーチン大統領の行動パターンからみて決して不思議ではないだろう。
 巨視的に見れば、プーチン時代の日露交渉は、北方四島の帰属問題を解決して平和条約を締結するという1993年の東京宣言以降の日露交渉の原則が完全に瓦解していく過程だった。強調したいのは、2016年12月にプーチン大統領が訪日して山口県などで行われた日露首脳会談の結果、日露の北方領土交渉は大きく変質したということだ。
 その要素は、5つほどある。第1に、北方領土の帰属交渉が完全に棚上げとなり、第2に、平和条約問題の主題は共同経済活動になってしまったことだ。第3に、北方領土問題の人道問題という側面を前面に押し出し、第4に、ロシアがあくまで大祖国戦争(第二次大戦の対独戦)勝利を神聖視する歴史認識を重視し、北方領土が正当にロシアに移転したとする歪曲した歴史認識を正当化しているのに対し、日本は逆に、歴史に固執しない立場に転換したことが重要だ。第5に、2016年以降、ロシアは北方領土問題における安全保障上の懸念を執拗に強調するようになったことだ。2014年のウクライナ南部クリミア併合以降、ロシアと欧米の対立が激化する状況と関連しているだろう。そして、これまでプーチン大統領らが全く指摘してこなかった北方領土への米軍基地の設置などの問題なども懸念するようになっている。こうした状況を受けて東方経済フォーラム前日に行われた9月10日の日露首脳会談の成果も、北方領土での共同経済活動実施に向けた作業の進め方(ロードマップ)で合意した、という苦しい内容になった。
 北方領土をめぐるプーチン大統領の対日戦略は、ある意味で、日ソ共同宣言調印当時のソビエト時代よりも強硬な立場だといえる。プーチン大統領の狙いは、日本の方針を四島返還から二島返還に譲歩させることではない。実際はもっと複雑だ。1993年の「東京宣言」で設定された、択捉、国後を含めた四島を対象とする交渉枠組を廃棄し、1956年の「日ソ共同宣言」を唯一の基盤とする交渉枠組に転換する方針なのである。
 プーチン大統領は最近になって、日本が日ソ共同宣言の履行義務を拒否したと、歴史を歪曲して、日本を一方的に批判し、自己の立場を正当化している。
 しかも、プーチン大統領は、日ソ共同宣言で明記された「平和条約締結後の歯舞、色丹の引き渡し」
 について、当時のソ連フルシチョフ政権とは全く異なる強硬な解釈を2001年以降明言し続けてきた。「引き渡し」は、主権移転なのか、主権をロシアに残したままの賃貸などの方法なのかについて、あくまで平和条約締結後の交渉次第だと、最初に高いハードルを設定したのだ。「プーチン大統領は2島返還を決意している」という見方は幻想であり、色丹島の返還など全く想定していない可能性が高い。そうなると、今後の日露交渉では、非常に高い条件を突き付け、最大限譲歩しても歯舞島返還というようなことになるが、国内世論の反対も強い。したがって、最終的にはゼロ回答か、施政権のみの返還で主権移転はない解決策を考えている可能性が高いと思われる。

3. 中露関係の緊密化と合同軍事演習、北朝鮮問題
 中露関係は現在、両国はさらなる連携強化に動いており、新たな「蜜月状態」ともいわれる。その背景には、ロシアと欧米がウクライナ問題やシリア内戦、英国での神経剤による暗殺未遂事件など、様々な問題で対立していることに加え、米中の対立激化が、最近の変化を規定する重要な要因といえるだろう。中国は、米国と南シナ海の軍事拠点化で対立し環太平洋合同演習(リムパック)」に参加できなかったが、トランプ大統領が仕掛けた対中貿易戦争で亀裂は決定的となった。さらに米国のペンス副大統領が10月上旬に対中強硬論の「集大成」で、「中国封じ込め」を宣言するかのような演説を行ったこともあり、中国は事態を非常に深刻に受け止めている。トランプ政権は1月に発表した「国家防衛戦略」など重要政策文書で、中露は国際秩序に挑む米国の「競争相手」であり、「修正主義大国」だと従来よりも踏み込んだ規定をした。そうした状況で中露関係がさらに緊密になるのは必然的な流れだった。
 先に言及したように、中国の習近平国家主席はウラジオストクでの東方経済フォーラムに初めて参加し、プーチン大統領と首脳会談も行った。両首脳は政治、外交、経済など多方面で関係強化することで一致し、プーチン大統領は「我々は政治、安全保障、防衛の分野で信頼関係を構築している」と述べたほか、習近平国家主席も「国際情勢の激しい変化にかかわらず、協力はますます深まっている」、「中露は大国関係の模範になった」と自画自賛した。
 ちょうど同じ頃、シベリアのザバイカル地方で、ロシア軍による冷戦期以来最大規模の軍事演習「ボストーク2018」(9月11日~17日)の一環として、人民解放軍の3千人規模の部隊が参加して、実戦を想定した合同訓練が実施された。ロシアのショイグ国防相は、「ボストーク」について、「現代ロシアの歴史の中で最も野心的な演習だ」と強調した。参加人数は約30万人と発表されたが、これについては、欧米やロシアの専門家の間で水増しだという見方もある。一方、中国人民解放軍から参加したのは約3200人で、車両は約900両、航空機は約30機で、それほど多くないが、過去の演習では、中国は明らかに仮想敵に含まれていた。しかし、今回は中国が演習に参加し、しかも中国軍が外国に派遣された過去最大規模の演習ということで、非常に大きな意味があった。
 プーチン大統領は今回、東方経済フォーラムの開催日程を、例年よりずらしてまで習氏の参加にこだわった。「フォーラム」と「ボストーク」の同時開催は、もちろん偶然の一致ではない。対米向けに計算し尽くされた中露合作の政治的デモンストレーションにほかならない。
 もちろん軍事的な重要性もある。習氏は人民解放軍を「戦って勝てる軍隊」にしようと大改革を断行中あり、軍組織や装備の近代化は目覚ましく進んでいる。ただ、中国は79年の中越戦争以来、実戦経験がない。かたや、現在もシリアやウクライナ東部に軍事介入を行っているのがロシアだ。現在もシリア内戦では圧倒的優位に立つ。将来、台湾統一などを狙う中国にとって、ロシア軍の経験ほど有益なものはないといえるだろう。

 それではさらなる連携を進める中露関係の本質をどう見ればよいのか。中ロ関係の専門家として国際的に著名なオーストラリアの国際政治学者ボボ・ロー氏は、両国関係の性格を十年前、「便宜的な枢軸」と定義した。最近の論文で、中ロを取り巻く内外環境の激変を受けて、同概念の詳細な再検討を行ったロー氏は、2014年のクリミア併合後、国際的に孤立したロシアは、中国にさらに接近したものの「安定した戦略的関係を築くには至らなかった。関係の本質は変わらない」と指摘し、返す刀で、中ロの離間を狙った「対ロ融和には効果がなく、反対の結果をもたらすだろう」として、欧米と対立するロシアが、中国台頭を封じ込めようとする試みに、何らかの形であれ、関与するなどと考えるのは「妄想的である」として、中国への対抗を目的にした、対ロ宥和の考え方を一刀両断に退けている。
 最後に、ロシアと北朝鮮の関係も、東方経済フォーラムでは注目された。トランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長の直接会談が、中間選挙後に行われるとされ、ロシアの一部メディアが、金委員長が訪露する可能性が高いとの観測を流したからだ。北朝鮮は中国だけでなく、プーチン大統領の支援も取りつけ、後ろ盾を2枚にしてトランプ氏との交渉に臨む思惑があるだろうが、北朝鮮にとって対ロ関係の比重は対中関係に比べれば遙かに低く、訪露を急ぐ必要はなさそうだ。また、ロシアの北東アジア政策の中でも北との関係はあまりプライオリティが高くない。ただ朝鮮半島が平和的な環境になれば、ロシアと南北朝鮮連結のガスパイプラインや鉄道敷設などの実現可能性が高まる。経済的な実利の観点からも、ロシアは朝鮮半島問題の平和的な外交的解決を強く望んでいるということだと思う。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)

CIECサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。


担当:総務部