平成21年度 IIST国際情勢シンポジウム
「日本の政権交代と国際関係・国際環境」
報告1「民主党政権の成立とその外交政策」
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
北岡 伸一

普天間基地問題に関しては、外相や防衛相の発言が、翌日にはいつも鳩山首相によって否定されている。鳩山首相は、「最後は私が決める」と言うが、それならば決められる環境を後ろで作るのがリーダーの務めだ。11月にオバマ米大統領が来日して鳩山首相と会談した際には、この問題について「早期に決着をつける」という合意がなされたが、鳩山氏は翌日、「早期決着と言っても、年内の決着は約束していない」とし、紆余曲折の結果、最近では「5月末まで」としている。その前にはデンマークで開かれた気候変動に関する会議で、鳩山首相は隣に座ったヒラリー・クリントン米国務長官にこの問題を説明し、「クリントン氏は『わかった』と言ってくれた」と新聞に話したが、直後に藤崎一郎駐米大使がクリントン氏に呼び出され、「納得したという意味ではない」と否定された。大臣に当たる国務長官が現地の大使を呼び出すことは、友好国の間ではあまりないことで、不安を感じる。
私は日米安保を堅持しつつ、アジアとの関係を強めることは可能だと思う。ただ、今のような変化の時代は同時に不安定化の時代でもある。中国ではこの10年で経済規模が約4倍になり、軍事力は20年で15倍になった。このような不安定が一定の安定に達するまでは、アメリカがしっかりプレゼンスを持っている方が安心だ。鳩山首相はそれを直感的には見通しているが、具体的な政策に変える実務的な経験と知識が欠けている。大きな方向はそれほど間違っていないが、首尾一貫した体系的な政策に持っていってほしい、という期待と懸念を持って私は見守っている。
報告2「オバマ政権1年の成果と課題」
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
久保 文明

健康保険改革の法案は現在、上・下両院の両院協議会で統一の案を作り、もう一度、上・下両院で通せば成立する段階まで来ている。しかし、先日投開票があったマサチューセッツ州における上院の補欠選挙では、最も固い民主党の地盤であったにもかかわらず、無名の共和党候補が当選した。民主党は現在、上院で59議席を占めており、60議席を確保できるかによって、この法案を通せるかどうかが決まることになっていた。このように健康保険改革については微妙な状況で、今後のことを考えると内政では少し軌道修正が必要だと思う。やはり雇用対策に正面から取り組まなければならず、また大きな改革を成し遂げるには、部分的にでも共和党の協力が必要になるだろう。
外交についても、今は変容の最中にある。オバマ大統領のアプローチは当初、ソフトに相手の言うことを聞くというものだったが、現在はソフトなだけではうまく行かないことを学習しつつあるようだ。そのような中で、アメリカのアジア外交において日本が持つ重要性が増していることは否定できない。
オバマ政権の支持率は1年目にかなり落ち、約半分になった。選挙戦はほぼ完璧だったが、実際の統治は選挙戦よりもはるかに難しい。また分極化したアメリカの政治を橋渡しすることはより難しいとわかった面もある。そして現在は内政、外交でも、かなりトーンを変えつつある。一方、過去の例を見ると、1年目の支持率は再選への大きな指標にはなっておらず、今後はこのことも念頭に置いて見ていく必要があるだろう。
報告3「日米の新政権に向き合う中国」
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
高原 明生

そうこうしているうちに、日米関係がいろいろな問題をはらんできた。これに対する中国側の反応では、「大変喜んでいる」という報道もあるが、中国は一枚岩ではなく、どちらかというと「あまり日米関係がおかしくなると困る」というのが主流の反応ではないか。やはり中国にとって最大の課題は経済発展で、自分たちも日米軍事同盟がもたらす平和を享受しているという認識は、かなり深く浸透している。また鳩山政権が非常に親中、親アジアの政権だという印象を与えていることは間違いない。しかし、閣僚らの発言をよく見ると、必ずしも中国に対して良いことばかり言っている訳ではない。
一方、アメリカのオバマ政権についてだが、過去1年の政権の滑り出しは中国に対して大変優しかった気がする。実はオバマ政権になってから中国に遠慮し始めたというよりは、ブッシュ政権の途中からそうなっていた。中国側はこれを歓迎していたが、その一方で中国は、アメリカ側が意図したような積極的な反応を必ずしもしていなかった。これに対するイライラがあり、昨年末にはいくつかの事件が噴出し、今年はどうも米中関係がぎくしゃくしそうだ。私は中国の外交政策が大きく2つの考え方に分かれており、その違いが表面化してきているという印象を持っている。一方には大国間外交を重視し、対米外交をしっかりやれば中国の利益は実現できると考えるグループがあり、他方には東アジアをしっかり固め、米、欧、東アジアという三極体制で世界をマネージしようとするグループがある。これまでは比較的、大国グループが政策決定のイニシアティブを持っていたようだが、米中間がぎくしゃくすると中国の東アジアへの回帰が前面に出てくることもあるかと思う。
報告4「国際金融危機後の中国経済」
専修大学 経済学部教授
大橋 英夫

かつて日本で「官製」不況という言葉があったが、私自身は昨年の中国の状況を、政府を中心とする政策が成し遂げた「官製」景気回復と見ている。「積極的な財政政策」と「適度に緩和的な金融政策」といった内容で、4兆元の景気刺激策を打ち出し、空前規模の金融緩和を行った。金融緩和については「適度」どころか超緩和状態で、昨年初めの数ヵ月で前年1年分の銀行融資を一気に出してしまった。それに加えて、家電や自動車を農村に普及させるプログラムなど、いろいろな産業振興政策もあった。
「官製」景気回復は見事に成功したが、そのツケも大きく、今は金が「ジャブジャブ」の状態だ。今後も「積極的な財政政策」と「適度に緩和的な金融政策」を維持していくとしているが、中央銀行の動きなどを見ると、かなり「出口戦略」が近付いている。この1年の成果は大きいが、残された問題もおそらく大きいだろう。
中国が8~9%の成長を続けて世界経済のもう1つの核となることは、特に隣国の日本経済にとってはきわめて望ましい姿であろう。しかし中国の経済運営そのものについて考えると、この1年半余りの政策については、かなり疑問符を付けざるを得ない。危機に際して政府が介入主義的な政策を取るのはどこの国も同じだが、中国の場合はあまりに財政主導型、あるいは政府主導型だ。
中国では、今も政府の「政府の鶴」の一声でマネー・サプライを変えられる状況があるのだろう。このような政策がこの1年半から2年にかけて続けられたことが、将来にやや暗い影を落とすことになるのではないか。微調整を必要とする経済運営に関して言えば、金融危機に揺れた昨年よりも今年の方がかなり難しい時期に差し掛かっていると思う。
報告5「海賊対策と日本の対応」
桜美林大学 国際学部 教授
佐藤 考一

それに対し、現在、注目されているのはソマリアだ。ソマリアでは2008年の海賊発生件数が111件で、犯行形態は組織化されたハイジャック、人質というものが多い。1件当たりの平均被害額は約1億円で、要するに船を丸ごと、船員も積み荷も取られてしまう。2008年以降は、欧州連合(EU)やアメリカ、インド、中国が海軍を出すようになり、日本も2009年3月から2隻の護衛艦を派遣している。さらに国連を通じてアジア海賊対策地域協力協定と同様の協定を結び、海賊情報共有センターを造ろうという動きも始まっている。
最大の課題は軍艦が不足していることだが、これを増やすのはなかなか難しい。また日本では法律の整備をしっかりする前に自衛隊に「出ていきなさい」と言わざるを得なかったため、法律をもう少し整備し、万が一、相手が撃ってきそうなときには抑止するための手段を取れるよう考えていただきたい。また、これらの業務に携わる自衛官や海上保安官の生命保険や傷害保険はすべて私費でまかなわれているというひどい状況だ。
ソマリアでは各国との法的な連携も必要で、これは集団的安全保障の問題ともかかわりがあり、しっかり議論する必要がある。一方、護衛活動に関しては、中国の民間の商船から日本の護衛艦に守ってもらったことに対する感謝状が届くなど、他国との間で新しい信頼関係を発展させる機会にもなっている。会議外交と知識共同体による非伝統的安全保障問題への対処の効果がアジアでみられており、今後は国連を巻き込んで国連の会議外交と世界的な海上保安組織の連合でうまくできないかと思う。私はこれで、非伝統的安全保障問題に対処できるという仮説を立てている。
「北朝鮮問題の行方-米朝、日朝、6者協議」
静岡県立大学大学院 国際関係学研究科 教授
平岩 俊司

北朝鮮の体制維持問題については昨年、マスメディアで金正日総書記の三男が後継者として決定したという報道が多かった。しかし、まだ最終的な決着が付いた段階ではないというのが一般的な見方だ。今後の権力継承のパターンとしては3つほど考えられ、1つは金正日のときと同様の形で、2つ目は国防委員会が中心になって集団指導体制に移行していくというもの、そして3つ目はその折衷で、三男、次男といった人たちが象徴として後継者になり、事実上は集団指導体制になるというものだ。
日本にとっての北朝鮮問題では、構造そのものは変わっていない。昨年8月にクリントン米元大統領が北朝鮮を訪問し、日朝実務者協議を立ち上げるよう提案した。仮に北朝鮮側が提案どおり、再調査委員会の立ち上げを日本側に投げかけてきた場合、鳩山政権がどう対応するかは注目される。また微妙な北朝鮮問題を巡っては今後、アメリカ側の日本に対する働きかけがあるかもしれないという気がする。しかし北朝鮮が核放棄を目指して6者協議に復帰し、国際社会が準備したレールに素直に乗ってくるのが大前提で、それがないうちは日本が厳しい決断を迫られる、あるいは日米関係で微妙なことになることはないと予想される。

(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)
※CFIECサポーターズ(無料)にご登録いただきますと、講演会、シンポジウム開催のご案内、2010年度以前の各会及びシンポジウムページ下部に掲載されている詳細PDFとエッセイアジアをご覧いただける、パスワードをお送りいたします。
担当:企画調査広報部