第70回-2 中央ユーラシア調査会
「パキスタン:グワーダル港とバルーチスターン州 -中国・中央アジアと中東を結ぶ陸上ルート-」
(有)ユーラシア・コンサルタント
代表取締役社長
清水 学
1.民族運動が続くバルーチスターン州とグワーダル港の建設

このバルーチスターン州はパキスタン独立以来、中央政府にとってコントロールしにくい地域の1つであった。たびたびバルーチー民族による自治権拡大あるいは独立を求める反政府運動が起きており、最近では一昨年末から新たな抵抗運動の波が見られる。昨年8月にはパキスタン軍と、バルーチー民族の有力部族の部族長でバルーチー民族の信望の厚い老齢のナワーブ・ブグチの指導する武装勢力の衝突で、ブグチ自身が殺害された。その後も不穏な状況が伝えられる。パキスタンはインドやアフガニスタンがバルーチー勢力を支持していると非難している。
グワーダル港建設に関連して多数の中国人建設関係者らが現地へ入っているが、3人の中国人技術者が襲撃、殺害されている。バルーチー側では民族運動を抑圧しているムシャラフ政権を、中国が港の建設などを通じて支援しているとみており、中国への反感がある。
グワーダル港は今年3月末に開港予定だが、問題も多く、その1つは水不足だ。海水の淡水化を考えざるをえず、高いコストをかけて水を供給するに値する港になるのかということだ。中国へ行く運輸路を考えた場合、途中は山岳地帯があってカラチ港を経由する方が近い。しかし中国にとってメリットがあるとすれば、ここがホルムズ海峡に近いことだ。中国は海を通る石油輸送路については、米海軍への警戒心もあり、別の選択肢を持ちたい。グワーダルは深水港とは言っても海流により土砂が流入する。したがって毎年浚渫を行わざるを得ない可能性がある。そうだとすると年間、5000万ドル程度のコストを考慮しておかないと恒常的に機能する港にはならない、とも見られている。つまり経済的にはあまり採算性が早急に期待できないプロジェクトであり、かなり政治性が強い。
2. 復活するタリバーンとパキスタン・アフガニスタン関係
パキスタンは多民族国家であるが、そのなかでパンジャーブ民族とシンド民族は軍と官僚機構を抑えており、それに対してパシュトゥーン民族とバルーチ民族、特にバルーチ民族は権力の中枢に入れず強い疎外感を持っている。パシュトゥーン民族とバルーチ民族が多く住む北西辺境州とバルーチスターン州は偶然だがアフガニスタンと接している。アフガニスタン情勢とは常に深い関係を持っている。
バルーチスターン州と北西辺境州の間に連邦直轄部族地域あり、そこではアフガニスタンの多数派民族と同じパシュトゥーン系部族が居住しているが、そこの北ワジリスタン州においてパキスタン政府と地元の部族会議との間で昨年暮れ、協定が結ばれた。内容はパキスタン軍がその地域から撤退し、代わりに部族長がこの地域からアフガニスタンへ国境越えをするタリバーンを押さえるというものだ。協定にとくに反対したのはアフガニスタンで、アメリカも反発した。協定は結局、タリバーンの存在を間接的に承認したことになると見られたからだ。
問題は今、アフガニスタン東・南部でタリバーンが復活していることだ。タリバーン復活をめぐり、アフガニスタンとパキスタンの関係が、一層険悪になっている。アフガニスタンのカルザイ政権は、「パキスタンがしっかり取り締まらないから、タリバーンが強くなり、アフガニスタンにも入ってくる」とし、パキスタン側は「われわれは対策をとっている。アフガニスタン政府こそ自国のコントロールすらできない」と反発している。復興したタリバーンは、9.11直後のタリバーンとはかなり異なり、いわゆるパシュトゥーンの民族主義をある程度、代弁する側面がある。現在のカブール政権に対し、いわゆる多数派のパシュトゥーン民族は疎外感を持っており、タリバーンに対してアンビバレントな感情を持っている。
3. ムシャラフ政権とタリバーン
バルーチスターン州の州政権は、ムシャラフ政権の与党ムスリム連盟(Q)と野党のイスラム・ウラマー協会(JUI)との連立である。後者は多くのマドラサ(宗教学校)を持っているが、タリバーンの多くがそのマドラサ出身者である。パキスタンのイスラム政治勢力にはJUIともう一つジャマーティ・イスラーミー(JI)があり、連邦レベルでは両者は統一行動集団(MMA)という野党連合組織を作っている。
今年10月には連邦選挙が行われる予定だが、当然ながらムシャラフ大統領は政権を維持したい。彼は今、この2つの宗教勢力を分断しようとしている。つまりJUIを引きつけ、JUをを排除しようとしている。ムシャラフ大統領が、タリバーンとの関係をどう考えているのかを知るのは難しい。アメリカと共同で反タリバーンの戦略を展開しているというのが公式的な立場だが、実際は極めて複雑である。先に述べたようにタリバーン勢力と間接的に交渉をしているほか、バルーチスターン州ではバルーチ民族主義と対抗するのにイスラム勢力を利用できるからだ。イスラム勢力は理念的に民族主義を否定するが、バルーチ民族主義が世俗主義志向であることにも反発している。また、インドとの対抗のためタリバーンを使ってアフガニスタンをパキスタンの影響下に置こうとしてきた軍の諜報部(ISI)の動きが完全に停止したのかどうかに関して外部の観察者の間には否定的な見方が根強く存在する。
パキスタンの政治家はアメリカとは協力していても、最終的には信頼していない者が多い。ソ連軍がアフガニスタンに侵攻した際、アメリカは前線国家であるパキスタンを支援した。しかしソ連軍撤退後は、米国議会を中心にパキスタンの核開発問題が取り上げられ、今度は経済制裁を加えられた。それが9.11によって、また協力を求められる立場となった。このような経験からアメリカはパキスタンを利用価値があるときには大事にするが、価値がなくなれば180度政策が変化する可能性があると見ているからだ。
(敬称略 / 講師肩書は講演当時 / 文責:国際経済連携推進センター)
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担当:企画調査広報部